ワイルダー現る
大学病院に入院していた頃、ワイルダーと呼ばれていた、ドクターがいた。
白衣のボタンをしめずにはや歩きで、ヒラヒラと病棟に入って来て、自分の担当でない患者の名前を知っていて
「おい、〇〇!お前、入院してるからといって、大学の単位落として留年して、親をかなしませるなよ!とっとと退院しろよ!」
とか、水商売のホステスさんに
「〇〇、お前、色気使って医者と結婚して玉の輿を狙うんじゃないぞ!」
等、バンバン言って、患者を診て去って行く。
ワイルダーの注射は全く痛くないと、男の子から聞いていた。
学生の時、手先が器用で手術の腕が良かったので、外科医になると思われていたが、心を病んだ人を救いたいと、精神科医を選んだらしい。
私が具合を悪くした時、筋肉注射なので、肩にすると、腕が上がらなくなる恐れがあるので、お尻にするのが、決められている。
その時、ワイルダーが
「のぞ美さん、私がいいか?それとも、ここに女性看護師がいるから、どちらが良いか?」
と、女の私が恥ずかしいだろうと思い訊いてくれる、心配りが出来る医者だった。
私は
「恥ずかしいので、看護師さんでお願い致します」
と言った。
ある時、一度退院したが、事情があり、また入院して来たMちゃんが来た。
その頃、知りあった年下の男の子が、Mちゃんに似ているアイドルのポスターを貼ってあり、私は気付いてしまった。
「T君、もしかしてMちゃんの事が好き?」
と訊いてしまい、ウンと頷いた。
しかし、Mちゃんは恋愛どころではない状態で、板挟みになった私はワイルダーが診察している所に尋ねに行った。
そして、患者さんが、切れた所で
「本来はこういう事は駄目なんだが、どうした?」
と訊いてくれ、事情を伝えると
「Tにこう言ってくれ!Mは私の患者だから、私が駄目だと言ったと。そうすると、のぞ美さんも大丈夫だろう」
に理解して、MちゃんにT君の気持ちを伝えた。
Mちゃんが直接T君にどう伝えたかは分かりかねるが、その恋は終わった。
まだ、煙草🚬が吸えた時代だったので、夕食を食べた後、皆で寝る前の団らんをしていたら、ワイルダーもやって来て、ある患者さんが
「先生、〇〇はどういう風にみえる?」
と一人づつ訊いていった。
「うーん、〇〇は臆病だな」
と言っていて、私に振るなよと思っていたら
「じゃあ、のぞ美さんは?」
に、内心ビクビクしながら答えを待つと
「いやぁ、実に妖艶だな!」
に皆、ポカーンとしていた。
私は妖艶?褒められたのか?貶されたのか?と、考えてしまった。
当時、喫煙者だった私は仲良くなった女性と、喫煙所で煙草を吸っていると、口腔外科の先生達がやって来て、話し込んだ。
「その先生、凄い人で、患者さんに心が病んでるけど、精神科に行くのも、ちょっとと言う人がいたのだけれどね。
ある先生が、5分くらい話しをして薬もらうだけですから、大丈夫ですよと、気を和らげる為に言ったそうだ。
その患者さんが、30分も話して、私、直ぐに薬もらえると聞いたのですが、と言ったら、医局に来て、胸ぐら掴んで、精神科を馬鹿にするな!と一悶着あったんだよ。
だから、俺たちは違いますってと止めに入ってさ」
という事があったらしく、ワイルダーは真剣に患者と向き合う医者だったので、矢張、ワイルダーだなと思った。
医者にも、今はどうか分からないが、外科医と内科医は医者ですとふんずり返れるが、整形外科医は
「あいつは単なる、大工だよ。医者じゃない」
と言って、生きるか死ぬかをしている、外科医と内科医はお互い、ライバル心があり、医者として認め合っているが、精神科医は人間扱いを受けないらしい。
ある本で、デパートの前に葬儀屋さんが無いように、病院の中央に精神科は無い。
必ず、隅っこにあるというのを読んだ時、成る程なと感じた。
実習生になると、今、事故に遭って死にそうな人を何とかしようとしてる時に精神科はレクリエーションたるもので、バドミントンをしているのを見たら、なにやってるんだ!?と感じるのが、人間だろう。
精神科も鬱で生き死にがある。その為のレクリエーションだから、これも大切な事なのだ。
今はメンタルクリニックとか、オシャレな名前にして、患者が来やすい様にしているが、未だ未だ精神科の門は狭い。
偏見が無くなる世の中になって欲しいが・・・・・・。