アタシのベッドサイドには

 私は独り身だ。気儘だし、親類とのしがらみがない。

 しかし、ケースワーカーさんや訪問看護さん、ヘルパーさんが居る。

 私がおっ死んでても、私は困らないが、残されたケースワーカーさん達が困る😓のを知り、遺書を書いて、認知症なら安楽死(できるかどうかはわかりかねるが)にして欲しいと今日追加した。

 遺書と言うより、自分の始末を献体するなり、臓器を移植するなり、好きに使ってと。  

 そして、いくらなんでも、私の死体を見たら驚くだろうから、ビックリさせてご免なさいと書いておいてある。

 母は臓器提供に難色を示したが、私は脳死なら、使えるものは私を有効に使って欲しいし、臓器提供が無理なら、献体で、未来の医者を目指す方のお役に立てたら本望だと感じている。

 あと、火葬するなり、鷹のエサになるなり、骨が邪魔なら、父の様に海に流す(お金がかかるが)なりして、人が集まる所に私の写真を飾って欲しい。母と同じく共同墓地で充分だ。寧ろ一人で結構だからお墓は要らないのだがそうもいかない。

 人を困らせるのが一番苦手だから、遺書たるものを書いてケースワーカーさんや訪問看護さんに

「ここに置いてありますから」

と伝えてはいる。

 財産は無いから、本やCD等、売れる物は売って、私の後始末に使って、残ったら、お手を煩わせた方に幾らかと、それでも余ったら困っている人に寄付して欲しいと書いてある。

 主治医の私の一回り年上のJ先生が

「そこまで、やっているんだ~。俺も考えなきゃいけないな」

と仰有っておられたけれど、ご家族がいらっしゃるので、私程、考えなくてもいいのでは?

 いやいや、家族がいらっしゃる方こそ大変か。財産があればあるほど色々ある。

 生き別れの父が逝き、認知症の母も逝き、私は後、10年だと感じている。

 早いもので、そう決めて16日で1年が経つ。

 あと、9年。精一杯生きるぞー!

 独り身、ばんざーい🎵(笑)。