父・切れる~最後のお茶~
「親父が切れたんだって!切れたんだってさ」
と母が言った。
最初は何のことかよくわからなかった。
よくよく話を聞くと、くも膜下出血になり、脳の血管が切れて入院しているのだそうだ。 函館市役所から調べて家に電話が来た。
私は入院していたので、それを伝えられるまでわからなかった。
離婚していないから 何が何でも 私たちの居場所を突き止めて、今入院しているので治療費を払えないでしょうか?という問いかけだった 。
母は うちの娘も入院していて それだけでも何とかして欲しいと思っているのだから父の治療費なんて払えません、と 言ったと言う 。 父が 居酒屋をやっていて 周りのお店の人達が この書き入れ時にシャッターがちょっと開いたまんまで 何かおかしいと思い 、父の居酒屋の中に入っていくと 父が倒れていたそうだ。 警察に電話をしようと思うと まだ息があるから救急車だということになり、 救急車で函館病院に連れて行かれた。
そのとき運が良く 腕のいい医者に当たったのだ。
普通のお医者さんだったら父はその場であの世へ行っていただろう。
その腕のいいお医者さんのおかげで父は一命を取り留めた。
あれだけ死ねばいいと思っていた父だったが 、いざ、くも膜下出血になり危ないと聞かされると 何が何でも生きててほしいと イエスのカードに父元気になってねと一言書き手紙を送った。
そうすると父の妹さんから 中田のぞ美と様もつけずに 手紙が返ってきた。
「こういうことはやめてよ 」
と、書いてあり、私は喫煙所で
「嫌な手紙が来ちゃった」
と言うと 周りの男の人たちが
「 燃やしちゃいな!燃やしちゃいな!」
と妹さんから来た手紙を 喫煙所の灰皿の上で ライターで燃やした。
周りはこれですっきりしただろうと 拍手喝采になった。
イエスのカードだけ取っといて後に父に送る。 それから 私たちの文通や電話のやり取りが始まった。
距離が置いてある ことが逆に功を成したようで あれだけ喧嘩していた父と母なのに 父が私としゃべって電話を切るとき
「お母さん頼むな」
と 一言言って必ず切る。
だったら一緒に暮らしてる時に仲良くしとけばよかったじゃないと 心の中で思うが 夫婦は娘の私にも分からないもので繋がっているんだと思う。
父との最後の電話で また父 が、天を見て 地に足を感じ・・・と始まったので「もうわかったって」と言うといいから黙って聞け!と、 嫌な終わり方で 電話が切れた 。
それから3ヶ月ぐらいして 、父の名前で電話が来て 私が出ると 父の妹さんからだったので あー何かあったなと感づいた 。
「驚かないで聞いてね 。あんたのお父さん亡くなったから。 多分10月14日 。もう来た時には死んでたんだよ。 だからわからないんだ 。司法解剖でだいたい10月14日っていうことになってるんだけれども、 発見された時には腐敗してたよ。 もうゴミ屋敷でひどかったよ」
と次々 私の胸にグサグサ刺さることを言われた。
あれだけ綺麗好きの父だったから よほど具合が悪かったのだろうと察せられる。
そして必ず読んだら捨てることと決められた、父からの手紙は 私は全部持っている 。 時々読み返す。 どんな教科書より どんな本よりも とてもためになることが書かれてあるからだ 。父はある 時、 お前のボキャブラリーは少ないから 広辞苑を送るからそれを全部読んで もっと語彙力をつけろ !あと日本人だったらそれぐらい暗記していないと恥ずかしいからな!」
と六法全書を送ってきたことがある。
図書カードで済むじゃないと思うのだが 広辞苑と六法全書の辞書 2冊が送られてきて 一応目を通した。
その他もその年になったら万年筆で文字を書かなければ恥ずかしいぞと NOZOMI.Nと刻印された 万年筆が送られてきた 。
それで手紙を書くようになった。
そうすると
「行間はきっちり分けること それと誤字脱字がありました 気をつけなさい 」
赤ペン先生じゃないんだから・・・・・・。
1日、幾らの食費で、生活できるからと、
「世間の目、社会の目、そして自分の心プラス法律、決して忘れるな!」
等々、小難しい事ばかり、書いてよこした人だった。
「俺の娘だったら、そこいら辺の男より、出世しなけりゃ、恥ずかしいぞ!4年生大学出た位の馬鹿な男の後ろにかくれないでお前が前を歩いて、男が付いてくる人間になれよ!いくら、社長だからといって、お酌してホステスみたいな真似はするなよ!恥ずかしいからな!」
と、耳にタコが出来る位、言われた。
だから、私も、30歳くらいには漠然と、会社社長になれると、思っていたが、看護師や美容師以外の職業で、女性が出世していくのが難しいと社会人になって知る。
私は函館で唯一お受験でしか入れない幼稚園を主席で卒園している。
函館の人間なら、必ず知っている幼稚園だ。医者や会社経営の息子、娘が行く。
教師や警察の人間でも、入るのが難しい幼稚園に、いくら出世しているとはいえ、一サラリーマンの娘が?入ってしまい、それも、主席で卒園した事を聞くと、30代のいい大人の男が私に焼きもちを焼き
「でも、こんな所に働いてたらな~」
無駄だったと言いたいんだろうな、私も、お前みたいな男と同じ空間にいる事を恥じるよと、黙っていた。